『節制』 事務所にて 小鳥(……あら? 部屋が暗い? でも誰かの声がするんだけど……) ??「……ぅ、ぐす、……ひっく、」 小鳥(とりあえず電気をつけて……) ??「……あ……」 小鳥「ち、千早ちゃん!? どど、どうしたのこんなところで……    そ、そんなに目を真っ赤にして……ま、まさか泣いて……?」 千早「……ぅう、小鳥さぁん……」 * * * 小鳥「……それで、何があったの?」 千早「……はい。ぷ、ぷろ、プロデューサーと、」 小鳥(やっぱりプロデューサーさんがらみなのね……) 千早「少し、その……け、ケンカ、して……」 小鳥「あらあら。夫婦喧嘩?」 千早「そ、そんなんじゃないんですっ! ただ、少し千早の節制は    厳しすぎる、ってプロデューサーさんが言って……ビールくらいは    もう少し飲ませてくれ、って……」 小鳥(どう聞いても夫婦の会話だわ……) 千早「私は逆に、プロデューサーさんが甘すぎるんです、体を壊して    しまいます、って言い返したら……こ、口論になっちゃって……    それで飛び出してきちゃって……」 小鳥「……ふぅ。重症ね」 千早「わ、私、どうしたら……や、やっぱり変でしたよね、私みたいな    つまらない人が、誰かと一緒にいるなんて……き、嫌われて    当然ですよね…………」 小鳥「……あのね千早ちゃん。千早ちゃんはプロデューサーさんのことが    好きなんでしょ?」 千早「え……ち、ちが……」 小鳥「あー別に好きじゃなくてもいいけど、とにかくプロデューサーさんのことが    大事だから、そう言ったんでしょ? 別にいじわるがしたいわけじゃ    なかったでしょ?」 千早「そ、それはもちろんですっ!」 小鳥「じゃあ別に千早ちゃんは悪くないわよ。そんなことで、自分が誰かのそばに    いる資格がないとか、言っちゃだめ」 千早「………………」 小鳥「……それにね、前から言おう言おうと思ってたんだけど、私はこの件については、    プロデューサーさんのほうに味方するわよ?」 千早「……え?」 小鳥「悪くとらないで聞いて欲しいんだけど、私もちょっと、最近の千早ちゃんは    行き過ぎじゃないかなあって思ってた。    プロデューサーさんの立場になって考えてもみて。今まで一人暮らしで自由奔放に    暮らしてきたところを――突然誰かに節制を要求される、っていうのは、例え    それが思いやりからだとしても、やっぱり反発しちゃうんじゃないかしら。    千早ちゃんだって、歌を歌うなーっ! って突然言われたら嫌でしょ?」 千早「ぁ…………言われてみれば……確かに……」 小鳥「ね? 何事もほどほどに。ちゃんと相手の立場になって考えてみることがコツよ。    ……お姉さんからのアドバイスはこんなところかしらね。    あとはあなたたちなら上手くやれるわ」 千早「……ありがとうございます」 小鳥「あー、あと」 千早「?」 小鳥「避妊はしっかりとね?」 千早「こ、小鳥さんっっっ!」 * * * P 「……ハァハァ、あ、千早! こんなとこにいたのか……!」 千早「ぷ、プロデューサー!? なんでここが分かって……」 小鳥「(携帯をこっそりしまい、ニヤリとしながらそそくさと退出)」 千早「あ、あの……えっと……」 P 「ごめんっ! 俺が悪かったっ!」 千早「…………え?」 P 「いやその、よく考えてみれば……せっかく俺のために色々してくれてるのに、    文句言うなんてとんでもないことだった! 本当にごめんっ!    だから今日も飯作りにきてくれると助かるっっ!」 千早「…………ぁ……。    くす、……えぇ。分かりました。私も、ごめんなさい」 P 「……千早。はぁ〜っ、よかった……許してもらえて嬉しいよ」 千早「いえ……私も身勝手すぎましたから。だから、おあいこにしていただけると」 P 「うん、そうしようそうしよう」 千早「……でも、今回のことで分かりました」 P 「? なにが?」 千早「私は――プロデューサーに対して節制を強いることで、自分に対しても節制してた    のかな、って」 P 「それ、どういう――」 千早「……プロデューサーっっ!」 P 「がはっ! ち、千早っ!? 体当たりは、痛いぞ……っ」 千早「こ、今度から、プロデューサーの節制、少しずつ緩くするようにしますから……    だから、私のプロデューサーに対する節制も……」 少しずつ、緩くしていきます。 いいですよね? ------------------------------------------------------------ 『ショートヘア』 千早「おはようございます、プロデューサー」 P 「……! ち、千早、どうしたんだそれ」 千早「……ちょっと、髪を切ろうと思いまして。思い切ってショートにしてみました。    どうですか?」 P 「…………突然で驚いた。その、千早ってずっとロングのイメージだったから、    すごく意外だ。    ……でも、うん、似合ってる。可愛いよ」 千早「……あ、ありがとうございます」 P 「でも急にどうしたんだ? 何かあったのか?」 千早「……ランクもあがって、プロデューサーともいっぱい話してきて……。    なんだか、昔の意固地な自分が恥ずかしくなってきて。    だから、その……そんな自分を変えてみようって思って、ばっさりと」 P 「そうだったのか……うん、ファンは戸惑うかもしれないけど、俺はすごく    いいと思う。千早の新たな魅力を発見した感じだ」 千早「……そんなに言わないでください。恥ずかしいです」 P 「しかし、こうしてじっと見ると千早の髪ってかなり綺麗だな。    触ってみてもいいか?」 千早「え!? あ、は、はい……」 P 「……(なでなで)」 千早「…………ん。く、くすぐったいです」 P 「すべすべしてて、さらさらしてて……すごく心地いいな。    ショートでも髪の綺麗さがよく映えてる」 千早「も、もう……プロデューサーってば……」 小鳥「(見える……私には見える……頭を撫でられて、嬉しそうに振っている    千早ちゃんの尻尾が……!)」 ------------------------------------------------------------ 『夢』 千早「すぅ……すぅ……」 P 「(ん……? なんだ、千早、会議室のソファーで眠っちゃってる。     今日は仕事が三本も入ってたから、疲れちゃったのかな)」 千早「う、ぅん……ん……」 P「(……でも、なんか寝心地が悪そうだな。寝汗も結構かいてるみたいだし……    悪い夢でも見てるのかな)」 千早「はぁ、はぁ……あぁ、やだ……だめ……」 P「(……悪そう、というかなんだか苦しそうだな。起こしてやろう)    ……千早。大丈夫か? 起きろ、おーい」 千早「…………ん、あ、プロデューサー……」 P 「ちょっとうなされてたぞ。悪い夢でも、見てたのか?」 千早「いえ、そんな……ことは、」 P 「千早……お前、泣いてるぞ」 千早「え? ……あ、やだ……」 P 「……ほら。涙ふけ」 P 「――それで。どんな夢だったか、聞いていいか?」 千早「…………。    弟が、轢かれる夢でした。    私はそのとき、その瞬間にいなかったはずなのに……妙にリアルなんです。    私はその夢の中で、弟が轢かれることを理解していて……    でも、手を伸ばせないんです。ただ見ていることしかできないんです。    だから……」 P 「…………千早」 (俺は千早を引き寄せて、優しく抱きしめてやった) 千早「あ……ぷ、プロデューサー……」 P 「大丈夫、大丈夫だ。もうそんなことは、起こらないから。    絶対……大丈夫……」 千早「………………はい…………」 (……千早はしばらく、俺の胸の中でそのか細い肩をふるわせていた) P 「落ち着いたか?」 千早「……はい」 P 「そうか……よかった」 千早「……プロデューサー。私、最近よくさっきみたいな悪夢を見るようになったんです。    どうしてかなって思ってたけど、今、分かりました」 P 「…………?」 千早「……プロデューサーの隣は、温かすぎます。    本当に優しくて……安心できて……。    だから、昔のことを……幸せだったころを、思い出してしまうのかもしれません」 P 「……はは、大丈夫だよ。俺は絶対、どこにも行かないから」 千早「信用……できません」 P 「えぇ? そんなに信じられないかぁ、俺?」 千早「えぇ。プロデューサーは、ふらりとどこかに行ってしまいそうです。    だから――」 P 「……?」 千早「……その。もう少し、このままで」 P 「……分かった」 ------------------------------------------------------------ 『映画』  オフの日。俺が部屋で映画を見ていたら、いつものように千早が訪ねてきた。 「こんにちは、プロデューサー。来ました」 「おお千早か。いらっしゃい。寒い中よく来るなぁ。  寒かっただろ? 今コーヒーでも煎れるよ」 「あ、はい。ありがとうございます」  千早は荷物をおきながら、点けっぱなしのテレビをちらりと見て、 「……あ、テレビ……映画見てたんですか?」 「うん。暇なんで友達からDVDを借りてきたんだ。よかったら一緒に見る?」 「あ……はい、じゃあ……」  千早はこくりと頷いて、床に座った。  前に映画見る時間がもったいないとか言ってたような気もするけど、 俺から誘われて断らない限り、千早も大分丸くなったもんだ。  煎れたコーヒーを飲みながら、俺たちは二人で映画を見た。  ちなみに見ているのはホラー映画だ。ゾンビが出てきて人々を襲うという、ベタだが、 去年かなりの興行収入を記録したものだ。  一時間後。 「ふー。なかなか面白かったな。千早はどうだった?」  俺が千早に話しかけると、彼女はどこか腑に落ちなさそうな顔をして、 「……あの。プロデューサー、今のって……怖かったですか?」 「千早は怖くなかった? 結構この映画怖いって評判だったんだけどな」 「なんというか……ただ突然音を鳴らしたり、ショッキングな場面を出すことで驚かせてる だけで、心には残りませんでした。  脚本や演技、音楽も大して心に残るレベルではありませんでしたし」 「……千早みたいな年齢で、そんな映画の見方ができるのはすごいなぁ」  俺なんかただぼーっと楽しんでるだけだった。 「いえ、それほどでは……」  千早は少しだけ顔を赤くして、顔を伏せた。 * * *  また別のオフの日。 「……こんにちは、プロデューサー。……あ、今日もまた映画ですか?」 「うん。恋愛映画なんだけど、エンターテイメントしてて面白いんだってさ。見る?」 「……はい。それでは……」  この前一緒に映画を見たときは面白くなさそうだったというのに、今回も別に断ったりは しなかった。なんだかんだ言って楽しんでるのかな?  さて、今回の映画の内容は、先ほども言ったとおり恋愛映画だ。戦争で二人の男女が 分かれてしまうという今更そんなことやるのかよ的なベタな内容だが、その王道っぷりが 逆に功を奏したらしく、これもかなりの興行収入を記録した。  そして一時間後。 「………………うーん」  ちょっと今回のは……俺はあんまり面白いとは思えなかった。  なんというかご都合主義ばっかりで、登場人物の行動も首を捻るものだったし……  それに、最終的に主人公の男女は引き裂かれて、そして男が戦争で死んでしまうという 見え見えのお涙頂戴な展開には辟易した。  変に批評的な視線で見てしまったのは千早の影響かな。  ……いや、この映画が受けたのは主に女性の間だというから、男の俺が見れば こんなもんなのかもな。 「……ふぅ。千早、どうだった?」  こんなもんを千早に見せて、怒ってないだろうかと少し心配しながら聞く。  だが。 「……………………」 「……千早?」  千早は何故か、テレビのほうを見つめてぼーっとしていた。  しかも、どことなく目が赤いような…… 「おーい。千早ー」 「……はっ、あ、すいません、えっと何か言いましたかプロデューサー」  千早は我に返ったように俺を見た。 「……いや、その、今の映画はどうだったかなって」  俺が聞くと、千早はあからさまに戸惑ったような仕草をした。 「え、えっと、その……」  きょろきょろと辺りを見ながら、手で目元を押さえて…… 「す、すいません、洗面、いえお手洗いをお借りしますっ!」  すっくと立ち上がると、逃げるようにトイレのほうへ向かった。 「……………………どしたんだ?」  まさかあの映画に感動したんだろうか。  いや千早に限ってそんなことは……ありえなくは、ない、か?  千早が戻ってくると、なぜだか妙にそわそわしていた。  先ほどの映画の感想を聞くと、どこかお茶を濁すように明言を避けた。  そして、そろそろ千早が家に帰らなくちゃならない時間になったころ。  彼女はこんなことを言い出した。 「……あの、プロデューサー。きょ、今日は、その、プロデューサーの家に 泊まりたいのですが……」  どこか恥ずかしそうに目線を俺から外しながら、千早は言った。 「…………? 構わないけど、どうして?」 「いえそのっ、別にさっきの映画がどうこうじゃないんですけど、あの、その、 きょ、今日は、私の家が停電する予定なんです! だから色々不便なんです!」  ……最近の停電は予定されて起こるものなんだろうか。 「……ま、まぁ、分かったよ。泊まるといい」  俺が苦笑しながら許可すると、千早はすごくほっとしたように笑った。 * * *  そのあとしばらく、家でも事務所でも千早は俺の側からできるだけ離れないようになった。  映画の影響かとからかうと真っ赤になって否定する。そのくせ、千早から俺が離れると、 不安そうな顔をする。  ……千早も女の子なんだなぁ。  俺は温かい気持ちになりながら、しばらくは千早の側から離れないようにしてやろうと思った。 ------------------------------------------------------------ 『翻訳』 (※注 “ちひゃー”とはこちらhttp://www9.ocn.ne.jp/~kusaren/のチビキャラのことを指します) ちひゃー「くっ! くっ!」 小鳥  「あらら……なんだか興奮してるみたいね。どうしたのかしら」 千早  「これは……怒っているようですね。おおかた、あふぅがサボっていたのでしょう」 * * * ちひゃー「……くっくっ」 小鳥  「今日は仏頂面のままのっしのっし歩いてるわね」 千早  「ふふ、小鳥さん。こう見えてもちひゃーの機嫌はいいみたいです。      多分、律子に髪でも梳いてもらってたのでは?」 小鳥  「さすが千早ちゃんね。ちひゃーの気持ちをよく理解してるわぁ」 千早  「そうでしょうか? なんとなく……この子のこと、分かってしまうんです」 * * * ちひゃー「くっ!」 P   「お。おはようちひゃー。なに?」 ちひゃー「くっ、くっ!」 P   「お、コーヒーか。俺に? ……ありがと、ちひゃー」 ちひゃー「くっ! ……くくっ、くっ!」 P   「ん? なんだ、まだ何かあるのか……?」 ちひゃー「くっ、くっ」 P   (……何だかよく分からないが、とりあえず頭を撫でておこう) ちひゃー「……くっ。くっ♪」 P   (ほっ。どうやらよかったらしい。この子、あんまり感情を表情に出さないから分かりづら      いんだよな。いい子なのは確かなんだけど) 千早  「………………」 小鳥  「あら? 千早ちゃん、プロデューサーさんのことじっと見て……なぁに、ちひゃーが      羨ましいの?」 千早  「い、いえ……別にそういうわけではっ!」 小鳥  「じゃあなんなの?」 千早  「う……そ、その、今のちひゃーの言葉は、そういう解釈ではないんです。プロデューサーが      間違ってるから、その……」 小鳥  「じゃあ、正しくはどんな言葉なの?」 千早  「……プロデューサーに直接言ってきます」 千早  「プロデューサー」 P   「千早? おはよう」 ちひゃー「くっ」 千早  「プロデューサー。……ちひゃーの言葉の解釈が間違っています」 P   「え? そうだったのか?」 千早  「は、はい……ちひゃーが言うには、『プロデューサーにコーヒーを持っていってあげてと      指示したのは千早のほうなので、できれば彼女のことも褒めてあげてほしい』、と」 P   「む。そうだったのか……そりゃ千早にもお礼言わないとな。ありがとう」 千早  「言葉だけでは……もっと、行動で表して欲しいです」 P   「む。……じゃあ、ほら(なでなで)」 千早  「ん……ふふ、プロデューサー……」 ちひゃー「……くっ! くっくっくっ!」 小鳥  (ちひゃーが明らかにぶんぶんと首を振っているわ……。      くす、可愛いんだから、二人とも)