鬱陶しく、真上にある太陽が放つ紫外線には暑さまで含んでいるのか、と思うような夏休みも過ぎ去って一段落着いた秋のある日の出来事。  俺は普通どおりに学校まで自転車を漕いだ。そして駐輪場に入り、後輪と前輪の鍵を閉めて昇降口へと向かった。そして、自分の上履きを取ろうと自分の名前が書かれたシューズロッカーを開けてみると、  上履きの上には手紙らしきものが入っていた。  ・・・・・・ここ、俺の下駄箱で合ってるよな?  瞬間的に自分の名前を確認してしまったが、ここは俺の下駄箱である。上履きの後にはちゃんと俺がネームペンで書いたちょっと汚い自分の苗字が書かれている。  俺はどうしようか悩んでいる所に、友達の宮風(みやかぜ)が言ってきた。宮風大地(みやかぜだいち)。幼稚園からの腐れ縁で、人一倍絡んで来る。茶髪に染めたのがバレた宮風は必死に黒髪に戻そうとしているのか、茶と黒が入り混じったような髪の色だった。軽くエセ関西弁だ。  「よっ、何してんだ?」   「あ、ああ。ちょっとな・・・・・・」  手紙を宮風に見えないようにズボンのポケットに入れて、上履きに履き替える。こんなモン、こいつにだけはバレたくない。  「にしても、最近は涼しくなってきたなー」  宮風は自分の上履きに履きかえながら言ってきた。  「まあ夏が終わったんだ。これからは気温下がっていくから体調管理ぐらいちゃんとしないと」  宮風は季節の変わり頃に良く風を引くのだ。よく知っているから、俺は宮風に注意を含めて言った。  「おまえは他人の心配より自分の心配をした方がいいんちゃうか? もうすぐ就職試験なのによ」  そう、今は9月だが就職試験は早くて10月にある。俺は就職を希望していた。  「そういう宮風はどうなんだよ、受験勉強」  「まぁ、ボチボチ」  宮風も苦労をしている。宮風はこの高校よりちょっとランクの高い大学を目指している。一応、俺らが通う高校は進学校だから、そういう所に目指す生徒が多い。  「ってかさー、今になって思うんだけど何でおまえは進学しないの?」  「勉強嫌だから」  「・・・・・・よくここに来れて、しかもよく進級出来たな」  「平均的に取ってるからさ」  テストだって平均的にとってるから問題は無い。  二人して階段を登り、二階の踊り場に出て、  「あ、悪い。俺は屋上行くわ」  「あん? 何しに行くん」  ちょっとジト目で見てきた宮風に対して俺はこう言った。  「サボリ。どうせ、サボったって日数は足りてんだ」  そう、もう俺が就職しようと思っているところには内申がもう行ってるのだ。つまり、今頃サボったって意味は無い。もともと皆勤賞なんて狙ってなんかいないんだが。それに、手紙の件もまだ未解決だし。  「・・・・・・お前、何しに学校に来てんの?」  「遊びに」  「能天気やな・・・・・・。ほな」  と、宮風は右手を上げて合図を送りながら言って教室へと足を向けた。  俺は「立ち入り禁止」という札が貼られているロープを越し、扉を開けて外へ出る。清々しい青空と、燦々輝く太陽。風が吹けば心地良いのだが、吹いてはくれない。  俺は扉に背を任して手紙を読み始めた。  「・・・・・・やっぱ恋文か。そうだろうとは思っていたけど、俺の事が好きな物好きもまた居るもんだ」  恋愛経験ゼロ、一人暮らし、勉強嫌いの俺は恋だの愛だのした事がないから特に疎い。それに、鈍感とは自分で分かっていても鈍いと言われているのだ。  手紙にはこう書かれていたのだ。  ―――放課後四時、文芸部室にて待ちます。 綾瀬香(あやせかおり)  と。  綾瀬香。クラス委員で人望があり、優秀美麗である。クラスでもトップだと聞く。青髪のショートで眼鏡をかけており運動部に入ってないのにスラリとした体型なのだ。性格は元気で笑顔がなくなることは無く、リーダーシップ的な存在で皆の事を気にしてくれている人物。そして、文芸部部長だそうだ。彼女の文学集に目を通した俺は、もうさっぱりだった。活字を読むのは嫌いだからな。  ・・・・・・そんな奴が俺のどこに惚れるわけだ。  と、一時間目からちょっと綾瀬の事を観察していた。俺の席はグラウンド側の一番後ろの席で、綾瀬の席は俺の席から前二つ分、右三つ分だ。授業にはちゃんと集中できてるみたいだし、それに彼女は進学するはずなのだ。就職する俺と比べたら一目瞭然だ。  そしてあっという間に昼休みに至る。  「お前さ、誰かの事気にしてんのか?」  と、俺の前の席に座る宮風はご飯を食いながら言ってきた。  「・・・・・・はぁ? 何で俺が他人の事なんかを気にしてるんだよ」  「授業中にたまに後をチラッと見ているんだが、誰かをずっと見ていたような気がしてな。誰かまでは分からんけど」  こいつ、鋭い時は鋭いんだよな。  「気にすんな。別に俺が誰かの事を気にしたって宮風には関係ねぇだろ」  「・・・・・・分かったよ」  宮風はそのように言って、弁当の中身を片づけていった。  さて、俺も食べるとするか。  俺は弁当の中身を空っぽにし、残った昼休みはどうするかと校舎内を歩いていると、いつの間にか図書室に来ていた。いや、自然とここに来たくなったんだ。  何か面白い本ないかなーって思ってライトノベルの棚に近づいていると、綾瀬の含む女子二人の声が棚一つ分挟んだ向こう側から聞こえた。  「香ー、今日は何の本を借りに来たの?」  「べ、別に良いじゃない。何借りたって澪ちゃんには関係ないんだから」  「香? その本はおまじないの本だけど、おまじない好きだっけ?」  「えっ、あ、うん。好きだよ、おまじない」  何かと取り繕っているような口調で綾瀬は言う。  「それに『恋愛』のおまじないって本の表紙に書かれてるんだけど?」  ・・・・・・こんな話を聞いちゃ、その場から動けなくなるっしょ! と、心の中で思いつつ外面は何を読もっかなーと手と目を動かしていた。これは聞くべきだ。  「香って好きな人いるの〜?」  この声は森岡か。森岡の笑み顔が想像できそうな声で綾瀬に聞いていた。  「ななっ、そ、そんな人、いい居るわけないじゃない」  挙動不審すぎるぞ、綾瀬。そこは頑張って取り繕うぜ。  「へぇ〜、で誰? 誰?」  と、執拗に聞く森岡。  「そそっ、そんな事言えないよ!」  「そこはせめてヒントぐらい教えたって良いでしょ〜」  「も、もう澪ちゃんは〜・・・・・・」  綾瀬はヒントを出した。  「教室に並べられている机を教壇が前として、その構図を真上から見て半分に分けた左側にいる・・・・・・のが好きな人よ」  複雑にも程があるんじゃないのか、綾瀬。まぁ、何人かに絞れたのは確かだが。当然、俺もその中に入っている。  「うーん・・・・・・分かんない。もうちょっとヒント教えてっ」  森岡は下がらず、聞いてくる。そんなに知りたいのか。と、本当にどうしようか悩んでいると、  「・・・・・・何してんだ?」  高橋がやってきた。高橋彰吾(たかはししょうご)。俺のクラスではないけれども、隣のクラスの友達。眼鏡をかけていて、外見からして理数系が得意そうな体型。それはもう華奢な体つきで腕なんか日焼けの後一切ない白い腕。その腕は簡単に折れそうである。性格はコミュニケーションが人一倍上手い所かな?  「あ、ああ・・・・・・。面白そうな本ないかなって思ってさ」  「その辺りの本は読破したんじゃないのか?」  軽く、俺の出方を見ているような質問だった。  「・・・・・・で、何をしてたんだ?」  俺の答えを聞かずとも、何かを悟ったようで俺に聞いてきた。  「・・・・・・まぁ、色々と」  本棚の向こう側から聞こえる声も聞こえなくなっているし、それに綾瀬と森岡は既に図書室から退室していた。  「どうせ盗み聞きなんだろ?」  確証を得た感じで聞いてきた。  「まったく、お前というやつは・・・・・・」  呆れ顔で俺を見てきた。  「1つ、言っておくぞ? するなら、バレないようにしろ」  「それアウトだろ」  実際しちゃったのは悪い。今後、気をつけよう。  他愛もない話を高橋とした後、俺は教室へと戻り、授業と睡魔と格闘していた。とても、鬱陶しかった。これほどまで、あの南中高度の最高位置に達した太陽が恨めしいとは思わなかったな。  午後の授業は終わり、午後はどうしてようか悩んだ。4時までならあと1時間ちょっとあるし、その間の時間埋めで悩んでいた。  「なぁ、あれやろーぜ?」  すると目の前に座っている宮風は突然言い出した。すると、どこから湧き出たのか、俺の知る人物が2人現れた。  まず、1人目は山田純一(やまだじゅんいち)。背が180もある、このクラスで一番高い人物。太っているわけでもなく、痩せているわけでもないスリムな体は、俺にとっちゃ羨ましかった。性格は、とりあえず動物を見ると愛でたくなるらしい。それほどの動物愛者なのだ。成績に関しては何も言うまい。5教科合計100点も行かずらしいから。  2人目は常盤田隆介(ときわだりゅうすけ)。山田と合わせて「バカコンビ」と言われてるその傍らだ。こっちも同じく5教科合計100点にも満たず。ただし、ルックスとお金だけはあって一応モテてはいるらしい。本人情報だ。ったく、英才教育ぐらい真面目にやれ。  で、宮風が言うあれとは、普通のトランプゲームである大富豪とは変わらない物。だがしかし、これには裏設定が加えられている。  「って事はあれか、宮風。大貧民になった奴は大富豪の命令を1つ何でも聞く、だっけか? 18と多額、暴力は禁止ってやつの」  18と暴力は・・・・・・言うまでもない。多額というのは、500円以上はダメって事。それなら他に何を命令してもいいらしい。例えば、好きでもない女子に告白したりとか。まぁ、これはただの一例にしか過ぎない。うん、過去の宮風が対象者となってしまったけど――。  「・・・・・・ああ、そうだぞ。ったく、あれは恥ずかしかったな」  「発案したお前が悪い」  俺はそう言った。まぁ、そのように言ったのは常盤田だが。  「じゃあ、始めるぞ」  場所は俺の机の上で開催された。山札は宮風が組み、それを1枚1枚丁寧に配っていく。えーと、トランプの総枚数は、13×4で52、ジョーカーを含めて54枚。それを4等分だから・・・・・・13か14ってとこだな。俺の手札は14枚だった。  そして、この大富豪に適応する仕組みはこちら。  ・ダイヤの3を持つ人からスタートする(この場合、何を出しても構わない)  ・5を出せば、次の人は飛ばされる。この場合、4人だから5のダブルを出せば自分に戻って来る。  ・8を出せば、流す事が出来る。ただし、流し革命や流し上がりは無し。  ・10を出せば、その出した枚数分、手札から要らないカードを流せる。  ・スペードの3が一番強く、ジョーカーやスペードの3で上がる事は禁止。もちろん、2でも革命でもなし。  ・階段は3枚から。  あれやこれやと俺ら4人は苦戦しつつも、お互いの手札を5〜7枚ほどに減らす事が出来た。  「なぁ宮風。お前はこれで勝ったら誰に何をさせるつもりなんだ?」  俺は手札からハートのKを出しながら言った。あと4枚。  「それを今知ったら面白みが無いだろ。くそっ、いけやしねぇ」  「俺も」  「僕も」  順番は俺→宮風→山田→常盤田の順番。俺はまだ手元にあったダイヤの5を出す。それを見た宮風は困惑した表情を見せた。  「残念だな、宮風。俺はダイヤの9だ」  「僕はダイヤの10だよ」  俺3枚、宮風7枚、山田5枚、常盤田5枚。この時点で一番少ないのは俺。不利なのが宮風だ。さて、油断は禁物だから慎重に行かないとな。で、手持ちにあるのがスペードの7、ハートのJ、そしてジョーカーなんだが、使い方によって勝敗が決まってしまう。  「パスだ」  「俺はこれだっ」  宮風が出したのはダイヤのK。  「1、2は流れてるから必然的にこれは流れるっ! そして俺はこの2枚を出すっ!」  出されたのは、クローバとダイヤの4。こんな時にダブルかっ。宮風以外の顔が引きつってるぞ。行きたいが・・・・・・こいつの手札が異常にも怪し過ぎる。俺のJダブルでも返せそうな感じだ。一気に宮風の手札が4枚に減った。  「「「パスだ」」」  3人揃えてそう言った。次は何が出てくるっ!?  「じゃあ、無難に考えてこれだな」  出したのはクローバの10。手札から、3のハートを捨てた。って事は、あと1枚ってわけか。スペードの3は常盤田が出したのを確認したし、もう1枚のジョーカーは山田が出したのを確認した。そして俺はジョーカーを持っている。予想は外れた物の、さっき出さなくて良かったと安堵した。  「じゃあ、俺はハートのJだ」  「僕はスペードの2で行くよ」  一番きついのが来た。俺を誘うかのような数字だ。きっと皆も考えているのであろう。このバカコンビでもあろう奴らが、俺を試すような感じで出して来たからな。だが、生憎俺はそんな奴じゃない。  「パスだ」  当然、流れて常盤田から始まった。  残り枚数、俺3枚、宮風1枚、山田4枚、常盤田4枚。この中で恐ろしいのが、バカコンビだな。そして常盤田は――  「7のダブル、だとっ!?」  流石の隠し玉として俺ら3人は驚いた。最後の最後でダブルで来るとは予想外だった。よし、これで行けば俺は勝て――  ――いや、待て。もし、俺がここで出したら山田はどうなる? 現在3枚持っているし、その中にダブルがあるかもしれない。迂闊には出れないな。ふむ、危なかった。  「パ―」  ス、とでも言いたかったのだが、ちらっと墓地(流れた場所)を見た。  A、J〜Kは概ね流れていた。パっと見、各3枚流れているのが分かる。  「どうかしたのか?」  「―スではないな、行くぞ。とりゃっ!」  俺は勇気を振り絞ってJとジョーカーのペアを出した。きっと俺は考え過ぎたのだろう。何で――  「あ、俺行けた」  ――俺はバカなんだろうか。  その後、俺は無様にもこいつら3人の策略によって落ちてしまった。宮風は9を、山田は2のダブルと3と6。そして、常盤田は5とQ。行っても行かなくても負けたようだ、俺は。  「無様だな。さて、大富豪になった俺はお前にこんな命令をする」  もちろん、大貧民は俺で大富豪は宮風だ。その後ろに居る山田と常盤田は俺を見ていた。  「グラウンドを10周してこい」  「なばっ!? お前鬼かっ!?」  「おい。このルール忘れてないよな? 『大富豪の命令なら何でも1つ聞く』って」  こういう時に反論できないのが苦痛だった。ああくそっ、時間もないってのによっ。  「しくったな・・・・・・。俺今日四時から家の用事手伝えって親がうっさいから帰るわ。それはまたやるっ。ではサラバだっ!」  「あ、おい――」  宮風の言葉も聞かず、教室から脱兎の如く逃げた。10週も走っていたら時間に間に合わんっつうの! あと20分ぐらいだし。  俺は教室や職員室がある新校舎から、部室用として使われている旧校舎へと足を運んだ。そこの4階の奥の部屋が文芸部室らしい。今さっき部室の場所を確認しただけだが。  俺は時間とタイミングを計り、文芸部室のドアを開けた。  「・・・・・・!」  俺が入って来たからなのか、綾瀬は驚いていた。綾瀬は西日差す窓の近くに立っていた。  「よ、よぉ綾瀬」  「う、うん・・・・・・」  綾瀬は俯いてしまう。  無言の空気になってしまった。さて、どうしたものか。  俺はどうしようか試行錯誤していると、綾瀬が言ってきた。  「あ、あのっ!」  上ずった声。緊張しているのが分かるような声だった。  「お話が、ありますっ」  「・・・・・・うん」  その勢いに負けた俺は頷いた。綾瀬ってこんなに恥ずかしがり屋だったっけ? って思えるほどに。  そして綾瀬は、旧校舎内に響き渡るような大声でこう言った。  「私と付き合ってくださいっ!」  そして綾瀬はお辞儀をした。  俺の頭の中では、先ほどの言葉が木霊しているかのようにリピートされまくっていた。  そして、廊下の方から足音が段々近づいてきて、  「「綾瀬さんの相手は誰だーーっ!!」」  何人もの声が重なり、ドアを開けた。おいおい、弁えた方が良いんじゃないのか? お辞儀の状態で綾瀬は固まってるじゃないか。  とりあえず、この状況を打破出来る言葉が一つになっちまったじゃないか。  「良いですよ」  翌日。俺のシューズロッカーの中に死の宣告が書かれた手紙が・・・・・・入っていなかった。まぁ、これが普通だ、うん。その代わりに、見知った文字が書かれていた、ルーズリーフの切れ端のような紙が入っていた。  『お前、今日の放課後20周なっ!!』  と。ダルい事を言いやがる。ま、それも無理だと思うけどな。俺は上靴に履き替え、その手紙をクシャクシャにしてポケットに突っ込むと同時に携帯を取り出す。メール着信あり、と表示されたディスプレイを確認し、受信ボックスを開けた。  『Message From 綾瀬香   今日一緒に帰りませんか? 放課後、正門の前で待ってます』  ほらな。俺は了承した言葉を打って返信した。  俺は渡り廊下から、現在南中高度の頂点を目指すように昇っている太陽を見た。  いつもなら鬱陶しく感じていた太陽の紫外線は、いつの間にか暑さを感じなくなっていた。