一年の中で最も長い休みと言えば夏休み。そして、鬱陶しい暑さが日本を襲う。  そしてその夏休みが終わりかけの頃。村木家長男は自分の部屋で宿題の山と格闘をしていた。  彼の部屋から聞こえる音と言えば、時計の音と字を綴る音だけ。それ以外の音は決して鳴らさず、出さず。  彼の名は村木 優介(むらき ゆうすけ)。面倒なことは後回しにするので、こういうパターンはほぼ習慣化となっている。成績は中の中くらいで、運動神経は平均並みである。  彼が宿題の山と格闘をし始めてから二時間後。時間を見計らったかのように窓が開放された。決して、彼が「気分転換に」みたいな感じで開けたのではない。  そして侵入してきた者は、布団の上でこう言った。  「村木ー。プール行こー!」  しかし、彼は反応せず。  「プール、プール!!」  また、彼は反応せず。  「プール!!!」  「だーっ!!幼児みたいに駄々をこねるなっ!」  遂に彼は反論した。  「そもそも、窓から入ってくるなよ!!」  窓から入ってきたのは新井 奈央(あらい なお)。家が隣同士、部屋もまた隣同士の幼馴染。金髪でツインテールの元気な子。  「別に良いじゃん。夜這いだって可能だし♪」  「よばっ・・・!?じ、じゃなくて、俺は勉強中だ!」  「さぁ、話が纏まった事だしプールへ行こー!」  「まとまってもいねぇよっ!俺は何も言っちゃ・・・」  続きを言いたかったのだろう。しかし、よくよく新井の手を見てみると、彼のプールへ良く準備物が納まったバッグを持っていた。  「さぁ、施錠してレッツゴー♪」  彼は仕方なく折れ、近所のプールへと向かった。  向かっている途中、新井は鼻歌を歌いながら歩いていたが、その後を歩く彼は「宿題」を何度も呟いていた。  「それにしても・・・まぁ、良かったのかも」  彼は新井より早く着替えてプールサイドに座っていた。そしてそこからプール全体を一望していた。彼だって一男子高校生。異性に興味があるのは当然のこと。お姉さんの水着やビキニを見て、鼻下を伸ばしていた。  「ほぉ・・・。グラ」  マー、と言いたかったのだろう。しかし、やって来た新井によって遮られた。  「村木ー?一体何を見ているのかなー」  笑顔にっこりと言って来るが、彼は不謹慎にも彼女の胸を見て。  「それに比べりゃ、お前はペタンコだな・・・お?」  突如、新井は彼の背後に回り、プールへと押す。  「うるさーい!!」  「のわっ!?ち、ちょっとぉぉぉ・・・」  彼の声は届かず、水深2mのプールへはまる。  「ぷはっ、何、しや、がる、新井!?ごばっ、あばごぶぼぁ・・・」  「え、え、ええ!?!?ライフセーバーさーん!!」  彼は泳げない。そしてそれを誰にも言ってない。だから、足がつかないプールには入りたくなかったのだ。  「おぼぁば、ばぶべろ・・・(お前が助けろ)」  儚くも、その声は新井に届かず、結局ライフセーバーに助けてもらった。  「ひー、助かった・・・」  彼はプールサイドに上がれて一安心する。  「泳げないって言ってくれたら良いのに・・・」  新井は先ほどのことを悔やんでいた。しかし、悪いのは彼である。  「こんなに深いだなんて、誰も思ってもいなかったよ。さ、流れるプール行こうぜ」  「うん・・・」  彼は新井を急かすようにその場から行くことにした。  流れるプールでは、彼は浮き輪に捕まって流れていた。  「高校生が浮き輪持ってるー」  「洒落にならん」  「じゃー、離す?」  「・・・いや、溺れるから離したくない。そもそも、何で新井は浮けるんだよ・・・」  彼は浮き輪から、新井を見ていた。新井は、浮きながら流れている。  「これでも、運動は好きなほうなんだよ。どっかの誰かさんとは違って溺れないし」  「・・・」  彼は反論できなかった。  「まあ、人には得意不得意あるからいいけどさ」  新井は一旦、間を空け。  「溺死にならないように、泳ぎを覚えたほうが良いんじゃない?」  新井はそれを言ってから、流れるプールを泳いでいった。  「はぁ・・・。ま、疲労をなくしてからまた頑張るか」  彼は宿題のことしか考えていなかった。  二、三時間流れていて、新井の「上がろう」で上がった二人だが、一向にも家に帰るつもりは無かった。  「ってか、なんでまた俺はのんびりを・・・?」  現在、彼は新井待ちだった。確か、近くのコンビニでアイスを買ったのは覚えている。しかし、今はマクドナルドに居て新井は彼の分もまとめて昼食を買いに行ったのだ。  「まーまー、たまには息抜きも必要だよー?」  「息抜きし過ぎだと俺は思うんだが」  出されたものは全て食べる。と、子供の頃に親から教わった彼は「いただきます」と告げてから食べ始める。  「ってか、本当に手伝ってもらうぞ?ここまでして付き合ってるんだから」  「分かってるよー。・・・お?高杉に玲ちゃんじゃん」  彼の友達、高杉英輔と新井の友達、山本玲菜が二人してここに来ていた。  「・・・前々から噂とか聞くが、本当だったとはな」  「そうね。あ、隣に座って食べ比べしっちゃてるよ。うわー、良いなぁ・・・」  「あんなんに憧れるな」  高杉ペアは彼らからは丸見えてるが、高杉ペアからは死角に新井ペアは居たのだ。  「さて、と。帰るぞ、新井。宿題が・・・」  「・・・うん」  またまた、新井は何かを考えていた。彼は鈍感なので気づいちゃいないが。  家に帰宅して五時間後。やっとのことで、九割は終了させた彼と新井だが。  「・・・これ、どうしよ」  彼が手にしていた物は、どこぞの夏休みの感想文だった。原稿用紙五枚に書いて来なさい、と先生に言われたのは良いが、残りの一枚が埋まらずに白紙だった。  「じゃ、今から作ろうよ」  「こんな夕方からかけて夜にかっ!?」  「一つ出来るじゃん。夕食後、二人で花火やろうよ♪」  「どこからそれが準備できるもんかねぇ・・・」  「家に大量にあるし、村木のお母さんも使って良いって言ってたよ」  「・・・用意周到だな、おい」  「沢山あるから、ねぇ・・・。呼べる人呼んで川原で楽しもうよ」  「おっ、それいいな。よし、呼べるだけ呼ぶか」  何故か彼まで楽しそうに思えてきたのだろう。友達の片っ端から呼んでいく。  「で、集まったのはこんだけか」  彼と新井を含めて十人。たまたま、女子と男子の比率が同じように構成されたのだ。  「さぁて、楽しもう♪♪」  そして何故か仕切っているのは提案者の新井。  「イェー♪♪」  と、皆もつられて言う。  彼の家の近くの川原では、色々な花火があった。ねずみ花火やロケット花火、などなど。みんなも楽しそうに遊んでたし、笑ってもいた。  花火は二時間してお開きとなった。  「ね、村木。楽しかったでしょ?」  「ああ。こんなにはしゃいだのも久しぶりだ。子供の頃を思い出す」  「これで、宿題終わりだね・・・」  「ああ・・・。何か、名残惜しそうに聞こえるのはなんで?」  「え!?」  「いや、何か新井が名残惜しそうに言ったからさ。何か物足りなかったか?」  「ううん、別に物足りないわけでもないし・・・」  新井は俯くと同時に言う。  「・・・新井、明日空いてるか?」  「え?」  新井は彼の言葉に驚く。  「別にこれといった用はないし、明後日の準備ぐらい・・・」  「じゃ、遊びに行くか。今日のお礼を兼ねて」  「いい・・・の?」  「まあな。嫌ならいいけどさ」  「いや、行く!」  「ふっ、やっぱ新井はそうでなくちゃな」  いくつか話を交わした後、それぞれの家へと帰宅した。  10時半。時刻は丁度に俺は新井の家に行ってインターホンを鳴らした。  『はい、新井です』  「俺、村木だ。迎えに来た」  俺は当然のことを告げる。  『ち、ちょっと待ってて』  新井はちょっと慌てた言動だったが、数分も待たないうちに玄関から姿を現した。  「おうっ、今日は一段と可愛らしいな」  「可愛らしいじゃなくて可愛いの。今日のために買っておいた服が役にたったわ」  今日の新井はいつもの半そでの半ズボンじゃなくて、花柄を統一した服装だった。  俺は今日のために買って保管していた物を新井に渡すつもりで来た。何も昨日今日決めたことではない。大分前から薄々感じてはいたが、言うきっかけをなかなか作れず、毎晩毎晩夜寝る前に色々とシチュエーションを考えていた。そして今朝、六時半という、俺にはあり得ない時刻に起きてどういうか散々悩み続けた挙句、一人練習とかもした。  「ま、行くか」  「そうだね」  立ち止まっていても何も出来やしない。一歩前に進むことが大事なのだ。諦めは肝心と言うが、最初から諦めていたら何もかも失敗に陥るのだ。ちょっとは頑張れば良いのさ。そしたら、ただ失敗しても新たな事が発見できるかもしれないのだ。そうやって糧にして、先を進んでいけばいいのだ。  「新井・・・これ、受け取ってくれるか?」  俺は言おうと決めた場所でそれを見せる。  「!?ち、ちょっと!?順番違うよ!?」  「ん・・・?あ、そっか・・・」  早とちりしてしまった俺は物凄く恥ずかしい。恥ずかしい所為で。俺は俯いてしまう。  「・・・でも、村木の思いは伝わったよ」  俺は返事を聞くために顔を上げる。そして・・・。  何か柔らかい物が唇に当たった。  「・・・」  「これが、私が村木を思う分だよ。そういう訳で、優介。さっきの見せて!」  「・・・な、奈央」  「何真剣になっちゃってるのよ」  俺は奈央にそれを見せる。  「うわー、超キラキラしてるじゃん。こんなんどこで買ったの!?値段は!?」  「・・・秘匿って事で」  俺だって散々街中を練り歩いたり、県外へ行ったりとかして多額使ってしまったのだ。言いたく無い。  「まあ、良いけどさ。あーあ、こんなんつけたら、絶対に気づかれるよ・・・。どうする?」  「それは、奈央が決めることだ」  そして、これも言おうとしている。  「高校卒業したら、二人で住もうな」  俺は顔を赤くする。家買う金は少なからずある。その為に貯めてきた金なのだ。  「ち、ちょっと!?!?そんなとこまで、考えてるの!?」  「か、考えてしまうんだよ!」  「・・・もう、早とちりし過ぎなんだから」  奈央はそれを大事に自分の鞄にしまい。  「さぁ、今日はとってもとーっても、楽しい時間を過ごすわよ」  俺は奈央の手に引かれて、街中へと導かれた。  これが、俺の夏の終日の思い出。  俺はこんな楽しい時間を過ごせて良かったと思いました。                    2年3組30番 村木 優介