ごうん、ごうん。絶え間なく響く、機械が蠢く音。

煤けた白い部屋だった。白いというより、灰色だった。4畳あるかないかの小さな部屋で、カビくさい荷物がいくつか積まれていた。荷物以外はがらんどう。家具どころか椅子もない。
多分用途は、物置。でも元々物置だったかは、わからない。
本当に物置目的かもしれないし、あるいは。床にほんのり残る茶褐色の汚れを見て、暇つぶしに妄想した。
どうでもいいけどね。荷物の一つに腰かけて、アルヘオは小さく息を吐く。
別に快適な空間なんてのは求めてない。部屋であればそれで良い。壁が箱型を成してさえいれば。即ち、外界から視界を遮る効果さえあれば。
人目につかずに、彼が仕上げるのを待つことさえできれば。
まだ今日で一泊目。もう少し滞在する事になるだろう。…そう思っていた矢先、髪に誰かの手が触れた。

「――――ッ!!」

ざっ、と頭から全身から血の気が引く。脊髄反射で振り向いて護身用の短刀を突きつけた。首に刃が当てられてるにも関わらず、その男…キリトは至極愉しそうに笑んでいた。
「…おーっとっと、危ねぇ危ねぇ。どォしたよアルちゃん、そーんなコワい顔しちゃってよぉー?」
「……。」
わかっている癖に。よく、理解っている癖に。
ぶち切れそうな感情をなんとか押し留め、アルヘオはナイフを戻した。あー怖かったぁ死ぬかと思ったぜぇなんて嘯く声に、神経を逆撫でられながらも。
「……それで?」
「んー?それでって何の話だぁ?」
「……、…出来たかと聞いてるのがわからないかな。」
「ああーハイハイその話なぁ。…ひっひ、そんな熱烈に見つめてくれんなって。」
ほらよ。そう言ってキリトはアルヘオへ投げて寄越す。片手でキャッチできる程度のサイズのもの。
良く見慣れた物だが、少し真新しい印象を受ける。知らぬ間についていた汚れや傷等がない為だろう。
「良い出来だろ?んでこっちも返すぜ、オリジナル。ほーらよ。」
同様にぽいっと投げられたモノ。受け取った二つをアルヘオはまじまじと見つめた。同じモノにしか見えない二つのモノ。
"ある物品の外見も機能も完全に複製したスペアを作って欲しい。"
それがアルヘオが、複製体のスペシャリストであるキリトに頼んだ依頼だった。
「…確かに、見た目には完璧だね。」
「効果だってばっちりだっつーの。使ってみなぁ。…それとも、使わないでずーっとウチにいるかァ?」
冗談じゃない。間髪入れず吐き捨てて、アルヘオは受け取ったモノを所定の位置に戻す。スペアの方をだ。
…目に見えて現れる、効果。それをじっと見つめ、正しく発動した事を入念に確認し…重い安堵の息を、吐き出した。
「もーちょっと楽しめるかと思ったんだがなァ、一日で終わっちまった。つまんねーの。もーちょいやり応えある依頼持って来いよなぁ。」
「俺は一介の戦闘員に過ぎないからね。そういうのは上に言ってよ。…尤も、セブンストーンの改造を手掛けた貴殿のお目に適う依頼なんて俺達じゃとても。」
悠然と微笑んで、紡ぐ毒。不愉快にさせられた礼だ。
しかしキリトは何の反応もなくスルーした。キリトに嫌味なんてものは無意味だ。興味がないから。興味のないものは、無いのと同じ。
「…まーでも、悪くはなかったぜぇ?アンタからの依頼ならいつだって歓迎だ。」
べた。青い安全靴が、一歩鳴る。
長い長いアルヘオの髪を、キリトは一房手に取った。

「―――"面白い"依頼だったから、なァ。」

その、瞬間。
凍りつき停止したアルヘオの、その一瞬の間の。
嫌悪にひきつる口元が。
恐怖に青ざめる頬が。
そして、まるで怯えた子どものような、見開いた目が。
最高に、"面白い"と。キリトが牙を覗かせて笑んだ。

一瞬ののち、激怒と自己嫌悪に歪む様もまた甘美で。
勢いよく弾かれた手の痛みなど、知覚できないぐらい陶酔していた。
「―――……ッ」
ぐっと。奥歯を噛み、拳を握りこみ。ぎりぎりで無言を貫いたまま、おもむろにアルヘオは歩きだした。キリトの背後にあるドアから出ていこうと。
傍らを通りすぎるその瞬間、
ねとりと絡みついてくる、視線と、声色。

「ご利用ありがとーございましたァ。またご用の際は『R-03』にお任せあれ…ってなァ。」

ひきつけのような笑い声。乱暴にドアを閉めても、耳から離れる事はなかった。




ペンフィールドの地図


fin.