「おっ前なぁ…。」
まだ痛む腹を抑えて、レイドが呻いた。

「朝っぱらから飛び乗ってくんなって何遍も言ってんだろ!?」
「えーだってレイドおねぼさんだったもーん、おねぼおねぼー!」
「うるッせぇ!テメェのサイズと重さ考えやがれお前が思ってる以上にお前重ってぇんだよ!」
「がーーーん!!!おもたくない!エレおもたくない!レイドのばかっ!ばかーーーー!!」

ぼこすかと遠慮なく叩かれて、狂いかけた手元をあぶねっと握り直す。
すんでで落下を免れた目玉焼きが冷や汗かいた。
あぶねぇだろバカと怒鳴りながらも菜箸片手にお皿へスライド。一つ目のより明らかに焦げている。…こっちは自分のにしよう。出来た2皿をローテーブルに運べば、むくれていたエレもぱっと笑った。
「たまごやきー!たまごやきー!」
「ばっか、コレは目玉焼きだっつったろ。」
「わーいわーい!あ、エレぎゅうにゅう持ってくるのっ」
「あっ、おいバカ零すんじゃねぇぞ!?」
「へーきへーき!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ合いながら、なんとか朝食が整う。いっただっきまーすと威勢いいエレに、レイドの生返事を返した。
メニューはトーストと目玉焼きと牛乳。変わり映えのしないシンプルな朝食だ。朝からサラダだの味噌汁だの用意してられっか。面倒この上ない。
それでも。大分マシになった、よなぁ。トーストをかじりながらレイドはエレを見やる。コイツが来るまではカロリーメイトだのカップ麺だのそんなものばかりだった。食えりゃそれでよかったし、食って動けて任務ができればそれでよかった。
それじゃエレが身体を壊すだろうと、ミュレットにどやされ無理矢理矯正されたこの生活。
牛乳を飲みほしてふぅと息を吐く。気を抜けばすぐ腐るこの厄介な飲み物の、味は結構気に入っていた。

「…こんなもんか?」
「レイドのへたっぴー。」
「悪かったな!んじゃテメェでやれ!」
「きゃー!レイドのへたっぴおこりんぼー!おこりんぼー!」
髪を結えと言うものだからしてやったのに、ダメ出しとはいい度胸だ。
怒られたらきゃあきゃあ言いながらエレは逃げていく。ナめられてるよなぁ…。今更嘆いても遅い事はわかっているが。ちょこんと鏡の前に座り結い直すエレは、手慣れていてとっても上手だった。じゃあなんで俺にやらせた。
あんまりだらけてたらミーティングに間に合わない。ぱぱっと寝癖を直してピアスをつけ直していると。
いつのまにか結い終えたエレが、とととっとレイドに駆けよってきた。
「なんだよ。」
「レイドむすんでー。これむすんでー。」
「あ?」
これ、と指したのは首にかかったスカーフだった。ああ、いつも首に巻いてるアレ……ってそれ武器じゃねぇのか。いいのかよ俺で。もう一回エレを見やると、にこにこの笑顔がレイドを待っている。
…よれても知らねぇかんな。
たどたどしくもスカーフを結び、緑石のスカーフ留めを嵌めてやる。おそるおそるエレを伺うと、さっきよりぱああと輝く笑顔がそこにあった。
「ありがとう!ありがとうなのレイド、レイドだいすき!」
ぎゅっ、ととびこんで抱きつくエレ。
突然の事にレイドが固まっていると、エレはすぐ鏡の前へと駆けていった。くるくるとポーズを取って確認している。
視線に気づいたエレがこっちを向いて、にぱっとわらうと。
…ふにゃりと口元がむずがゆくなる。別に理由はないけど、目を逸らしてみた。

食べ終わった皿は、帰ったら洗わなきゃいけないし。
卵と食パンと牛乳を、買ってこなくちゃいけないし。
わがままながきんちょは、終始やかましい事この上ないし。
気付けば余計なもので散らかった生活、だけど。

白い壁、白い服、白い錠剤に白い管。
余計なものが何一つ無かったあの頃よりは

悪くはない、かもしれない。




ありふれた



fin.