目を閉じて、浮かぶ景色を作るため。

枠で囲いましょう。わたしのものだと、枠で囲いましょう。
砂を注ぎましょう。くらせるようにと、砂を注ぎましょう。
そこにおもちゃを入れましょう。

あなたが入れたいものを、入れましょう。




…ぱちん。指から離れた小さなマグネットが、ホワイトボードを打った。
サボテン鉢の横に鎮座する、小ぶりのホワイトボード。そこにはいくつものタスクが走り書きされていた。そしてその横には何色かのマグネットが並んでいた。誰にタスクを割り振るか、の目印だった。
それは用事だったり計画だったり、命じる予定の任務だったり。
この用事は明日の午前。こっちは彼に任せて午後にはあちらへ。これは任せてあるから報告待ちで、そちらの任務は彼女と彼に。
こちらの任務は、
彼に。ホワイトボードから視線を持ち上げ、ドアへ向けるとにっこり微笑んだ。
「おかえり。」
「…ただいま戻りました。」
彼はいつも通りの礼儀正しさで軽く一礼する。落ち着き払って見える無表情、その頬はほんの少し、蒼いように見えた。
「首尾はどう?」
「完遂いたしました事を報告させて頂きます。」
無言で微笑み、先を促す。彼は抑揚を殺して言った。
「ターゲット、討伐完了。所属していた孤児院にいた者も一人残らず、殲滅完了です。」
…くす。思わず零れる微笑。内容よりもその音色が、心地いい言葉だった。
「指令通り、だね。えらいえらい、ご苦労さま。」
「恐れ入ります。支部長の命を正確に完遂する事が、私の役目ですから。」
「そうだね。…そう、君の役目。」
盤のようなホワイトボードに、ぱちんと鳴る、マグネットの駒。
ぱちん。ぱちん。駒を進める先はいつも、より非道さの色濃い任務。
あえて傷をつけるように。あえて負荷をかけるように。
華奢な指先の小さな動作は、彼という駒を進めていく。
「そう言う割には、顔色がよくないね。」
あえて負荷をかけるように。びくりと肩が震えるのも、見越した笑みで。
「きつい任務、だったかな?…君の言う"子ども"を狩るのは、抵抗があるかい?」
わずかに、彼の瞳が揺れたのがわかった。けれど…意外な事にそれだけだった。
彼はふぅと一つ息を吐くと、かぶりを振った。
「そう、抵抗ないんだ。」
「いいえ、アルヘオ様。それは考慮する必要のない事柄でございます。」
「…うん?」
少しごつごつとした彼の右手。それがゆっくりと持ちあがり、彼の左胸に当てられた。瞼が閉じる。
「私の私情。それは確かに存在しますが、私の行動に反映させる必要はありません。アルヘオ様が望むように動き、望む結果を出す。それが私の役割です。」
閉じられた瞼がゆるやかに開いた。朝日にも黄昏にも似た黄色だった。
「そしてそれが私の、最優先事項です。」


「私にとって何よりも優先すべき事は、アルヘオ様の道具として傍でお仕えする事です。願わくば…ずっと。」


目を閉じて、浮かぶ景色はなあに?
瞠った瞳がまばたきする、その一瞬の瞼裏が映しだす。
黒く腐った駒、ふたつ。
割れて砕けた駒、ひとつ。
さざなみの幻聴と。夜風と、葉ずれの幻聴と。無機質に砕けた駒は、人の姿と声を成す。

『あたし達は今までもこれからも、』

『ずっと、一緒よ…。』




「―――……。」
苦みを堪えるように、目を細める。
喉奥で焼ける何かを、溜息で吐き出した。
「…そう。下がっていいよ。」
「はい。」
失礼いたします、とまた軽く一礼して彼は戸を開ける。その背に何かがだぶって見えたのは、きっと何かの見間違い。
指からぽろりと、零れたマグネット。
取り落としたその手をじっと見つめ…ぎゅっと、握った。



Sandplay Therapy

fin.