【ファンジンさん戦の後日談。】



聞き慣れたノック音。失礼します、と聞き慣れた声。

すっと目だけを向ければ、やはりバイジャだった。
数日ほど本部の治療施設にいたが、今日からは支部に復帰だ。腕も足も動かせているようだが、随所に貼られたガーゼがまだ痛々しい。
「…動けそうなの?」
視線を外し、アルヘオは問う。その声音は不機嫌に固い。
「はい。本日より任務に戻れます。ご迷惑をおかけしました。」
「……。」
返事せず、書類に目を落とす。所在なくペンを弄びながら。バイジャはそんなアルヘオへ深く頭を下げた。
「それと…申し訳ありませんでした。」
「…それと、って?」
バイジャはわずかに言い淀んだが、静かに先を続けた。
「……出すぎた提案をしました。進退に口を挟んでしまって…申し訳ありません。」
…ああ、なんだそんな事。呆れたアルヘオが小さく息を吐いた。
提案も何もあれはそうするしかなかった局面だろう。退かねばおそらく全滅していた。いくら血が上っていたアルヘオでも、そのぐらいの頭は回る。
だから別にいい。そう、言おうとしたのだけれど。
『―――どんな色をしていようとファンジンは、私の大切な人ですもの…!!』
じわり、脊髄に蘇る不愉快さ。ふいと顔を逸らし、零れたのは違う言葉だった。
「…あの女を殺すのは忍びなかった?」
「…!?」
目を瞠ったバイジャが、思わずばっと頭を上げる。
「殺すには忍びない。味方は都合よく劣勢。それで撤退案か。成程合理的だよ。」
「違ッ、それは誤解ですアルヘオ様…!」
「別にいいよ、今更取り繕わなくたって。」
す、と細めた瞳が視線を流した。

「君はあの女と、同じ意見の人間だろう?」

「……ッそ…!!」
そんなことは無い。と、言おうとしたのだろう。
だがバイジャの言葉は途切れてしまった。そこから先が紡げない。肯定しないが、否定ができない。
…そう。否定しないんだ。不快な熱が温度を上げる。がたんと椅子から立ったアルヘオは、俯くバイジャへ距離を詰めた。
「…ほら、ね?否定できないだろう?」
ああ。嗚呼。こんな事が言いたかったんじゃないのに。
「君もあの女と同じだろう?色違いを、あんな害獣を人間として見ている。あまつさえ大切だのと世迷い言を言う。」
「ッ……。」
苦く弱りはてた顔をしながら、バイジャは一言も返さない。
そんな彼にますます苛立ち、加熱し、歯止めは、効かなくなり。
理性はか細く叫ぶのに。

「とんだお人好しだよ、それならどうして君は此処にいるのさ。」
こんな、
「その大事な色違いがいない、こんなところにどうして一人捨てられてるの?」
こんな事を、言いたかった、訳じゃ、


「―――ゴミのように捨てた"ご主人様"に、今更何を期待してるの!?」


大きく、
バイジャの瞳孔が開いた。痛々しい、色合いで。
…さしものアルヘオも止まった。途端に襲い来るのは罪悪感。俯いたバイジャの、目元は前髪に隠されてしまった。
「……、今日は、お茶淹れなくていいから。」
逃げるようにアルヘオは、バイジャへ背を向けた。
「戻りなよ。仕事、溜まってるよ。」
「…………、失礼します。」
ふらりと三つ編みが揺れる。ぱたん、とドアの閉じる音。


…人のいない支部長室の、無音にすら責められてる気がした。
振り払うようにぐしゃぐしゃと頭をかく。
…ああ、もう。
「……何やってるんだよ…。」
わかってる。こんなの、八つ当たりだ。





(それは決して埋まらず、越えられず。)

fin.