挿した 楔は 元には 戻らない よ。


瞳が凍るのがわかった。その瞬間に。
蕩けていた頭が一瞬にして凍りつき、火照っていた四肢は指の先まで冷たく痺れ、吐息は強張ったまま動けない。
欲を吐きだした恍惚感は一瞬すら保たず、
視界が暗転する程の、心臓が脈を忘れる程の、

罪悪感。

…ゆら、り。しろい、ゆびが、十本。その頭へ絡みついた。
引き寄せた。かき抱いた。
耳に今にも触れそうな距離の唇は。
バイジャはとても聴ける状態ではなかったけれど。
「……、ふふ。」
わらって、いた。

「―――バイジャ。」

名を呼んだ。
ひどくひどく近いその場所で名を呼んだ。
一糸纏わない腕を、肌を晒す首筋へと絡めて。
まだ熱の冷めない唇を、無防備な耳へと寄せて。
さながら熟れすぎた林檎のような、音で。

それが とどめ であると 知る微笑みで。

「…わすれては、いけないよ?」
ぬるりと蠢く唇は、やわらかく囁いた。
「ひとときたりとも、わすれてはいけない。目をそらしてはいけない。他で上塗ってもいけない。」
挿した楔は戻らない。進んだ道は戻れない。
「わすれては、いけないよ?」
堕ちた穴からは、這い上がれない。

ああ。
逃がさない逃がさないこれでもうきみは逃げられない。
此処から一歩たりとも動けはしない歩けはしない歩かせやしない。
きみはこれで脳細胞の一から億まで余すことなく全部が全部、
爪先の細胞から頭頂の細胞まで幾十億もの全部が全部、
この瞬間から回る秒針の一輪一輪死が訪れるまでの全部が全部、
全てが、
俺だけのもの。

できるよね?
それしか できないよね?
きみはもう そういうモノ なんだから。

優しく撫でた赤い髪は、かすかに、けれどはっきりと、頷いた。


「―――。」
ぞくぞくと、
這う昂りは抑えもできず、吐息を震わせた。

「良い子だね…バイジャ。」

口端が、歪むようにつりあがった。



マ ジ ナ い ノ ロ


(俺と、君を。)

fin.